その日、一部の中国ネットユーザーは、東シナ海上空を飛行する熱気球の存在に気付いていた。

熱気球は無線機を搭載しており、APRS通信を使用して、コールサイン「BH3PZS-3」で飛行位置や速度などのデータを外部に公開していたからだ。

ログはここで確認できる。しかし、これが問題の熱気球から送られたものだとする証拠はいまのところひとつもない。


アマチュア無線愛好家フォーラム「哈罗CQ火腿社区」に「这家伙,2014年第一天驾驶热气球…」と題するトピックが立てられており、残念ながら鍵付きで、フォーラムの会員以外は読むことができないようだが、「正在飞行中。海拔6000多米。是否顺…」という書き込みがあったことが検索で確認できた。

ネット上での追跡は、成都科创科学文化研究院の微博によれば、当日9時頃(中国時間)から行われていたようである。この時点では、飛行データは無人機(ドローン)によって発信されたものだと思われていたらしい。


中華民国アマチュア無線促進協会(CTARL)理事長、黃文杰のFacebookコメントによれば、当日朝8時30分(台湾時間。7時30分の間違いでは?)に、中国の鲍彬林(湖北省武汉在住。中国でのAPRS普及を目指して活動を行っているアマチュア無線家。)から「某料理人が早朝7時、熱気球に乗って魚釣島を目指して台湾北部沿岸上空を飛行中」との連絡を受けて、台湾で熱気球の追跡を開始したという。当該データをAPRSサーバーにアップロードしていたのは、この人たち、ということのようだ。

鲍彬林のグループは、8時19分、熱気球が電波の到達限度外に達して追跡を断念、その後を黃文杰のグループが引き継いだ。8時22分に熱気球からの発信は一旦途絶えたが、9時19分に回復。熱気球は上空にある間、100km/hの速度と20000フィート(約6000m)の高度を維持していたが、11時10分頃、何らかの問題が生じて5000フィートまで急降下、11時58分を最後に発信が途絶えたという。この証言は、概ね問題のAPRSデータに一致している。

その直前には、百度贴吧にも熱気球追跡スレッドが立っている。
つまり、熱気球の墜落を知り得た人間は、中国及び台湾に少なからず存在していた。

ところで、事件後の台湾海巡署の発表にはいくつか不可解な点がある。

まず、熱気球が墜落した場所を「魚釣島沖17海里(約31.5km)」と推測しているが、これはこのAPRSデータを基にしていると考えて差し支えあるまい。では、遭難者を「福建籍の男」としているのは、何を根拠にしているのか。

このAPRSデータが、正しくこの熱気球の航跡を示しているとすれば、離陸地点は確かに福建省福清市あたりで間違いないと思われる。しかし熱気球の乗員として最も疑われていたのは、当然ながら、コールサイン「BH3PZS」を所有する人物だった。これは専門サイトなどで簡単に調べることができるが、許師軍と同じ、河北省唐山市在住の高斌なる人物の所有するものである。

この時点では、中国のネット空間においても、まだ気球が有人であること、乗員が許帥軍であることは明らかになっていない。
許帥軍の関与が疑われ始めたのは、熱気球が発信を絶ってから数時間経過した後のことだ。


では、台湾海巡署が遭難者を「福建籍」とした根拠は何だったのか。

実は、この件に関与した疑いのある人物の中に、熱気球の乗員を福建人だと勘違いしていそうな人物がひとりだけいる。




これは、CTARL理事長の黃文杰が、前日(12月31日)の午後9時20分に台湾の中天廉政公署のFacebookに宛てた返信コメントだが、熱気球の乗員を「大陸福建業餘無線電愛好者」としている。

…この人、APRSデータのアップロードは認めつつも一貫して事件とは無関係を装っているのだが、どうやら許師軍とは共犯関係にあったようだ。何を書いているかといえば、熱気球の領海侵入計画の成功時にCTARL理事長として公式に出すプレスリリースの草稿で、どうやら一部在台マスコミも、あらかじめ熱気球の飛行計画を知らされていた可能性が高い。


黃文杰が許師軍の協力者であるならば、鲍彬林もそうであった可能性が高いだろう。
「福建籍の男」というのが黃文杰の勘違いでなければ、許帥軍か鲍彬林のどちらかが嘘を吐いていたことになる。しかし許帥軍のそれは考えにくい。

なぜならば、2012年12月の許帥軍の渤海湾横断を画策したのがこの鲍彬林だったからだ。
ちなみに「BH3PZS」を所有する高斌も、これに裏方として関わっている。おそらくこの三人は顔見知りであろうと思われる。

鲍彬林に黃文杰を騙す意図でもなければ、やはり「福建籍の男」は黃文杰の勘違いということになるのだろうが、いずれにせよ、台湾当局に熱気球の遭難を知らせたのは、この人(の関係者)である可能性が高そうだ。


では、何故「救助要請」は中国からのもののように装われたのか。

黃文杰がFacebookに書いたコメントを読むと、CTARLが許帥軍の計画に協力した目的が見えてくる。
The signal can be received by igate/digipeater even central south in Taiwan, its over 250 miles receiving capability, This time was good for Taiwan APRS system performance test. We are quite satisfied that this time hi hi…
例のプレスリリース草稿においても、自らの団体(CTARL)を「中華民國業餘無線電促進會研發出全島緊急救難人員定位系統, 並應用在台北市政府跨年晚會的緊急醫療人員及救護車自動定位系統」と称しており、どうやらCTARLは、自分たちが保有しているアマチュア無線通信網を、緊急時の公的な通信インフラとして採用するよう、台湾政府に売り込みをかけている最中らしい。

許師軍の計画は、その、デモンストレーションの場として好適だと考えたのだろう。


しかし実際には、CTARLによる追跡は途中で失敗し、熱気球は行方不明になった。
積極的な関与を匂わせて、ネガティブな印象を持たれるわけにはいかなかったのではないか。

→Candielost: 魚釣島に熱気球。 (3)


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