海上保安庁と台湾海巡署、双方の証言において、大きく食い違いがみられるのは、遭難者の男が海保の巡視船によって救出された位置である。

まずは、1月2日、日経電子版より海上保安庁の発表から。

午後2時25分ごろ、台湾当局から男性1人が行方不明だとして海保へ救助要請があり、巡視船2隻とヘリコプターで捜索。魚釣島の南約22キロの海上で男性と熱気球を見つけ、午後4時15分ごろ領海内で救助した。

次に、1月3日、中時電子報より台湾海巡署の発表。

我方另緊急透過駐那霸海巡人員,向日本海上保安廳發報協助,下午3時6分,日船「沖繩號」在釣魚台18浬處找到失事的男子,謀星艦也結束救援工作返航。


18海里=約33.3kmなので、両者の主張には10km以上の隔たりがある。

台湾海巡署が、国民感情に配慮して数字を書き換えたとも考えられるが、男を救助したのは海上保安庁であり、海保の発表は、NHK報などを引用する形で台湾報道(中國時報は男の救助位置を海巡署発表準拠としているが)でもそのまま伝えられており、取り繕う意味があったとも思えない。


海上保安庁は熱気球の墜落場所を不明としているが、台湾海巡署は「正確な位置は分からなかった」としつつも、魚釣島沖17海里を熱気球の墜落地点として公表している。

台湾当局の発表を読むに、遭難者の救助要請は問題のAPRSデータに基づいて行われた可能性が高い。12時58分、上空1670mで熱気球からの発信は途絶えるが、直後に墜落したと考えれば、熱気球の墜落位置魚釣島沖17海里という台湾側の主張は妥当に思える。

ところが、台湾当局から救助要請を受けたはずの海上保安庁の証言が、台湾のものと異なっているのである。不可解だ。



画像は、当日の東シナ海の潮流概況図(出典:気象庁)で、下図は熱気球が墜落したとされる海域部分を拡大したものである。



×印は、台湾海巡署がAPRSデータを基に予測したであろう熱気球の墜落位置。

魚釣島との間には黒潮が流れており、海保の発表が正しければ、遭難者と墜落気球は潮流に逆らうようにして、10km以上も北に流されたことになる。


仮に、熱気球が墜落せず飛び続けていたとしたらどうだろうか。
当日の東シナ海は大陸から舌状に張り出した高気圧に覆われており、15時頃には、その中心は上海あたりにあった。

以下は1日15時のASAS天気図(出典:HBC専門天気図)。


この天気図からは熱気球の発信途絶地点より魚釣島方向(北)へ向かう風の流れは想像しがたい。

海上保安庁が、台湾からの情報を基に遭難者の捜索を行っていたとしたら、捜索が行われた海域は発信途絶地点より東、あるいは東南方向の海域であったはずだ。いずれにしろ、魚釣島からは遠ざかる。


1月2日、YOMIURI ONLINE(読売新聞)によれば、海保が墜落気球を「発見」した時刻は2時53分。ヘリの離陸準備なども含むと、台湾当局から救助要請を受けてわずか25分程度で墜落気球を発見したことになる。石垣島から現場海域までは直線距離で120km以上ある。直行ならば余裕で可能と思われるが、海上を捜索しながら、である。

墜落した熱気球はAX-7というタイプのもので、最大直径は18m、高さは21m。派手な色彩をしてはいるが、10km以上離れた海上に浮かんでいるのを目視して、すぐにそれと確認できるほどの大きさはない。

状況を見れば、海上保安庁の指示した遭難者の救助位置は不可解だと結論せざるを得ない。海保は遭難者の救助位置を偽ったのか(何のために?)。そして台湾海巡署が呈示した魚釣島沖18海里は「告発」だったのか。

ありえない。

何故ならば、台湾海巡署は救助要請を受けて後、現場海域への艦船派遣を行ったと主張しているが、到着時には既に海保による救助活動は終了していたとしており、台湾海巡署は遭難者の正確な救助位置を知り得る立場になかったからだ。

では、魚釣島沖18海里という数字は何に基づいているのだろうか。
想像になるが、台湾当局(行政院國搜中心)が、このAPRSデータを基に潮流データなどから概算した遭難者の予想現在位置だったのではないか。

おそらく今件における台湾海巡署の公式発表は「告発」である。
「ガセネタ」に踊らされ、領海問題で日中の後塵を拝した。
苦情は「上」に言ってくれということだろう。




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