TBSのラジオ番組「爆笑問題の日曜サンデー」1月5日放送分にて、TBSラジオの放送記者、武田一顯が、1月2日の海保発表の裏側につき、ちょっと意味のわからない証言を行っている。
以下、こちらのサイトの書き起こしより(※一部訂正)。

田中:上陸しようとする人は過去にもいましたが、熱気球っていうのは初ですか?

中村尚登アナ:初めてですね(笑)

武田一顯 記者:去年もヨットで来て、追い返された人もいましたから。

田中:えぇ。

中村尚登アナ:当日の朝出て、7時間くらい飛んだところで乱気流に巻き込まれて、機械が故障した、と本人は言ってるそうですけどね。

武田一顯 記者:あと、今回面白かったのは、海上保安庁が日本の領海の中であったとは言っていない。どこだか分からないと言ってるわけですね。

太田:はい。

武田一顯 記者:もう1つは、この遭難した人なんですが、35歳の許帥軍(キョ・スイグン)という方なんですが、中国では有名な気球の愛好家で。

田中:あぁ、有名な人なんですか。

武田一顯 記者:植村直己とか野口健さんとは言わないけども、一定のその道の中の人では、有名な人なんです。

田中:そうなんですね。

武田一顯 記者:その人を、海上保安庁は、助けて船に上げた後で、人定っていうのをやらなきゃいけなくて。「名前は何?」と訊かなければいけない。でも、それをやらないで、中国の船に渡してしまってるんですね。

田中:はい。

武田一顯 記者:最初、カタカナの全く違う人が出てるっていうのがありましてね。そういう興味深いところはある。でも、解決策としては良かったのかもしれない。「領海内だから、逮捕だ。起訴だ」ってことになると、2010年の菅内閣の時の漁船衝突事件と同じようなことになりますから。

正確なことはわからないが、2日までの時点で、熱気球の搭乗者の男について、職業と年齢、出身地は明らかにされていたが、日本での実名報道はなかったように思う。男の名前については、3日、中央日報日本語版が次のように報じている。

熱気球で尖閣まで410キロ飛行した中国人が不時着水…日本海上保安庁が救助

中国河北省の料理人兼熱気球操縦士の徐帥軍さん(35)が1日、福建省福清市から離陸して410キロ余り離れた尖閣諸島(中国名・釣魚島)に着陸しようとしたが、乱気流にあって尖閣諸島の南22キロ沖の海上に不時着水した。

彼は無線機で台湾海洋警察に救助を要請し、この要請は日本海上保安庁に伝えられた。海上保安庁は徐帥軍さんを救助した後に立件の有無 を検討したが、墜落地点が日本領海内部なのか不明確だと判断して尖閣諸島付近を運航中の中国海洋警察艦艇に引き渡した。彼は2012年12月、熱気球に 乗って唐山から大連まで4時間かけて289キロを飛んで渤海湾を初めて横断していた。

この記事では、男の名前が「許帥軍」ではなく、何故か「徐帥軍」となっている。ニュース検索してみると、中文報道にも、熱気球の搭乗者の名前を「徐帥軍」としているものがあった。例として2日、阿波羅新聞網配信記事

海保廳星期四(1月2日)通報,35歲的徐帥軍(音譯)元旦日清晨從中國福建福州市出發,但熱氣球墜海,繼而利用隨身無線電器材求救。

記事中の徐帥軍の名には「音訳」と、カッコ書きで注釈がある。中国語(普通話)では「徐」も「許」もどちらも同じ発音(Xu)になるために表記に混乱が生じたらしい。日本語ではこの二つの漢字の読みは異なるため、漢字表記の中国人名を日本語読みする日本の慣例に従うと違う名前になってしまう。

TBSラジオ武田一顯記者の証言にある、情報として最初に出てきた「カタカナの全く違う人」というのはこれを指しているのではないか。あるいは「許帥軍(Xu Shuaijun)」が、そのまま「シュー・シュァイジュン」という中国語読みでカタカナ表記されていたかもしれない。

「来源:BBC」とあるので、これはBBC中文網からの転載記事らしい。


どうも、もともと海上保安庁の発表内容には遭難者の実名が含まれていたようだ。ならば海上保安庁は日本の法令に従ってきっちり「人定」を行ったということではないのだろうか。


1月25日、共同通信によれば、事故当日、日中間で、救助された男の身柄の取り扱いをめぐっての折衝があったという。「知ってた」以外の感想が浮かばない記事ではあるが。

沖縄県・尖閣諸島周辺の領海内で今月1日、熱気球による尖閣上陸に失敗した中国人男性を海上保安庁の巡視船が救助した際、中国政府が男性を逮捕したり連行したりしないよう日本政府に要求していたことが25日、日中外交に詳しい関係筋の話で分かった。

中国政府は、逮捕や連行をすれば、日中関係が抜き差しならないものになると理由を挙げたという。

許帥軍の逮捕や連行が日中関係を「抜き差しならないもの」にしかねなかったのは事実であろうし、係争水域で日本側に管轄権の行使を許したことが明らかになれば、これも習近平政権のダメージになりうる。しかし、そこまでは日本政府の関知するところではないのではないか。

武田記者の証言通り、海上保安庁が規定どおり事情聴取を行っていたにも関わらず、後にこの事実を否定したというのであれば、日本政府は中国側に異常な譲歩を行ったということになる。


否。むしろ、この件で泡を食ったのは中国側であった。
事件の共犯でもある台湾CTARL理事長の黃文杰は次のように証言している。

We believe the cook he doesn’t get and permit from China government officer for free flight. (The China government still not allowed any people can have right to free flight).

許帥軍は、熱気球の飛行のために必要な中国当局の許可を得てはいなかっただろうと。
報道で、海上に墜落した熱気球の写真を見た中国ネット民の一人も次のように指摘していた。

但是看了一下,他这次貌似是违规操作了……
参照《热气球飞行规则》http://sports.sina.com.cn/o/2004-01-13/1544734185.shtml
1.如果说他这次行动之前谁都没告诉的话,违反了:
第三章 第九条:实施自由飞任务,必须经本单位主管领导和当地航行管制部门同意。
2.如果日本方面提供的那张图片是真的话(气球球身未发现有识别国籍编号),他违反了:
第四章 第十一条:执行飞行任务的热气球,必须具有有效的适航证和国籍登记证。注册登记号应清楚地印在球体的中下方。
特别是第二点,他作为一个专业的热气球飞行者应该知道的……

つまり、許帥軍の飛行は中国国内法に照らしても違法行為であり、必要な手続きを一切無視して強行されたものだった。しかし許帥軍は、中国国内における熱気球操縦の第一人者であり、熱気球の飛行において数々の記録を打ち立てている貴重なソフトパワーでもある。魚釣島への飛行は、当然、当局の許可を得ていたものと誤解されるおそれがあった。しかも、熱気球が飛んだ東シナ海上空には習近平自身が主導して「東シナ海防空識別圏」を設定したばかりだ。

加えて、日本側から遭難者救助の連絡があるまで、中国当局は、熱気球の飛行事実自体、全く把握していなかった可能性が高い。黃文杰らによる台湾当局への救助要請は(おそらく意図的に)中国からのもの、あるいは中国へは既報であるかのように装われたため、台湾は中国への事実確認を怠ったのであろう。尖閣諸島周辺の狭い海域に4隻もの巡視船を派遣しておきながら、日本に一方的な管轄権の行使を許したことが明るみになれば、その疑いは一層強まる。

事件が明らかになることで、政権の危機管理能力の欠如を問う声が高まり、尖閣諸島への対応をめぐる国内状況がエスカレートし制御不能になることを習近平は恐れたのではないか。従って中国政府は、事ここに至っては熱気球の飛行事実そのものを隠蔽するほかないと考えたのだろう。何らかの政治取引を行う見返りに日本側に大幅な配慮を迫り、日本政府は要求を受け入れた。故に海上保安庁は、許帥軍に対し事情聴取を行ったことを否定したのだろう。


ところが事態は中国政府が考えるよりも進行してしまっていた。許帥軍は、熱気球の飛行データをネット上に公開していたため、熱気球の事故は一部中国ネット民の知るところとなっていた。しかし、一説には数十万人いるとも言われている五毛党を総動員してネット言説を監視しているはずの中国当局は、何故かこのことを把握できておらず、さらには公安部の中の人(この蓝清なんちゃらいう人か)自ら、うっかり情報を漏らすという正月ボケをやらかしてしまう。




その結果が、ネット上に拡散して収拾がつかなくなったこの許帥軍の魚釣島上陸デマだ。
結局、中国政府は日本側との合意撤回に追い込まれた。そして、翌日未明のNHK第一報となったのではないか。


ところで、2日の事故報道では熱気球搭乗者の実名は明らかにはされなかった。BBC中文網の報道でほぼ特定されていたようなものではあったが、許帥軍と断定したものは皆無だった。これが許帥軍の犯行と確定するのは、2日朝、許帥軍本人が福建省福清市より自身の微博に帰還のコメントを投稿したからだ。削除されているところをみると、どうやら炎上したらしい。

…黙ってればよかったのでは。


読まれている記事




※Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。